★メガソーラーに関して

現時点で以下のように考えております。宜しくお願いします。
●軽井沢および他の今後出てくるであろう、緑を、環境を破壊するメガソーラーには反対する。
●6/23の説明会で、みなさんに以下のように述べさせていただきました。「光回線開通と共に外からの企業を呼び込むという目標に対して、軽井沢の案件を3月に知り、間違った考えで突き進みました。申し訳ありません。私も全面的に軽井沢のメガソーラーに反対します。」
●営農型のメガソーラーに関しては以下のように考えております。
1.営農型は農業従事者、お茶従事者が、遊休の土地をなんとか生かす形で進めようとする案件である。鳴沢の業者も(丹那とこの地域の人がお茶を納めてきた地域と)共生する企業で有り、天候に左右される農業、お茶をなんとか行かそうと努力する企業で有る。
2.国も、環境省も、営農型は推奨し、売電価格も一般の価格より高く買い取る方向で通常のソーラー発電より重視している。
3.それでも、とくにダイヤランドの人々と(丹那の人々とも)共生する考え方が6/18の説明会では聞かれなかったので、この部分は我々のために何かメリットがあるのか? しっかり問うて行きたいと思います。
4.丹那の農協関連の方がすすめる、営農型のメガソーラーも、その事業者は、「なんとかこの衰退する丹那の農作業、酪農作業を助ける事業が出来ないか?天候に左右される農業で、少しでも安定した収入が得られないか?」という考え方の現時点での一つの解決策として進めると言ってました。
こちらの案件はすでに二年間、このソーラーに反対する側との間で議論がありましたが、この営農型(下では酪農用の牧草を作る)のメガソーラーはその後再開するという情報は確認出来ていません。
●纏めになりますが、営農型は全面賛成ではありませんが、なるべく環境を壊さず、緑を維持し(営農型として)、安全であることが認められれば(事業者に厳しく施工管理してもらい進める事が出来るのであれば)問題は少なくなると思います。あとは環境を重視するダイヤランドに対してのメリット、共生策もしっかり確認する必要があると思います。

以上

投稿者: 古村たかし

1978年に三菱電機に入社後、3年目に兵庫県伊丹市の北伊丹工場から東京・本社の半導体事業本部へ転勤しMSC三菱電機セミコンダクタソウフトウェア社立ち上げを設立準備時より推進。マイコン応用技術者として11年目に米国アメリカ半導体部門MELA:Mitsubishi Electric of Americaへ出向。HDD用マイコン他の拡販に従事。その前にはワンチップマイコンのICEツールの標準化に取り組み、ROMエミュレータ方式を考案。国内米国主要ICEツールメーカーに採用されました。帰国後に台湾、韓国のパソコンメーカー関連の業務を遂行。米国フェニックスBIOSソフトを搭載したKBC:KeyBoardContorollerマイコンでは台湾PCメーカー10社以上、国内PCメーカーもほぼ全社に採用いただき、年間400万個を売上げ世界No1となりその後10年近くTOPシェアを維持しました。その後ノートPC用にスマートバッテリマイコンではSMBus規格を推進し国内(世界でも)バッテリメーカーTOP3、半導体メーカー国内国外各社、他をとりまとめ、スマートバッテリコンソシアムを立ち上げました。スマートバッテリSMBus規格の世界標準化に貢献しました。日立半導体と連携し2003年にルネサス社に転籍してからはPLC:Power Line ControllerマイコンではイスラエルのYitran社と提携し、低速PLCマイコンの立ち上げに奔走しました。ルネサスでは近距離無線Zigbee規格の推進のために同SIG:Special Interesting Groupジャパンを立ち上げました。その後、ルネサスを離れ、メガチップス社では先のPLCを使い、ホームネットワーク推進を進め、関西の大手電力会社に試作品を納めるために若手と共に分電盤等で電気工事をすすめるための電気工事士の資格も取得し、常に先頭を走り続けました。2007年にルネサスを離れ、浜松地域イノベーション推進機構では文科省推進の国際技術動向調査ユニットのCDとして光関連技術に優れる先端企業・学部のレーザー技術、センサ技術をドイツイエナ市およびベルリン市の関連部門に積極的に紹介しベルリン、ミュンヘンでの光関連展示会に浜松企業とともに参加、プレゼン実施してきました。2011年に現在の居住地、函南に住み始めたからは、地域の光回線実現の活動で、多くの地域住民の署名をあつめ、2019年3月の函南町議会で6000万円の県・町の補助金を獲得し2020年3月末までに各家・法人の直前までの光ファイバー敷設を実現します。これらの活動から、みなさまから町議会議員にも推され2019年4月に立候補し、全くのこの地域の新人でありながら739票の皆さまの支援を頂き町議会議員に当選させていただきました。