函南町の素晴らしい中山間地域の再活性化を!!!

空き家耕作放棄地の多い丹那小学校地区、50年近く前に開発されたダイヤランド、エメラルドタウン(お隣の伊豆の国市ですが)小松原別荘地、富士見パークタウンを合わせると10000区画以上の住宅別荘地があります★。標高350m~夏涼しく冬も駿河湾の海風で温暖、緑豊かで、空気が美味しく、温泉も出る首都圏至近のこれだけの大規模住宅エリアは、日本全国見てもここだけでは???

交通至便:新幹線熱海駅から都心に45分、三島駅から静岡、浜松、名古屋へも楽々通勤。また80km/hで走れる無料の伊豆縦貫道経由、新東名長泉沼津IC,東名沼津IC利用可能です。

函南町最後の光回線:やっと世間並みの光回線がこの丹那に来ます!静岡県の第10次、最後の光回線設置の補正予算6000万円がH31年3月に決まりました。令和2年3月末までに皆さんの家、会社のすぐそばまで光ファイバーが来ます。4月以降、契約された家、法人にすぐに高速光回線がやっと接続されます。SOHO ”Small Office Home Office” エリアとしてもベストとなります。

令和2年2月にNPO法人、山の活性化グループ(仮称)が組織化される予定です。最近多くの人が戻ってきている熱海市とも連携し、熱海山脈、丹那トンネルを越えれば、富士山の見える、野菜の美味しい、素晴らしいエリアが広がります。函南町他近隣市町、首都圏にとどまらず、日本全国から多くの方々に、積極的に来てもらい、住んで、SOHO作ってもらいましょう!

古くからの酪農王国! 丹那盆地はその昔、大正9年以降に丹那トンネルが掘られる前までは、伊豆の南に残る山葵畑もこの地にあり、綺麗な湧き水が豊富なエリアでした。残念ながら昭和5年に発生した北伊豆地震前後の多くの地震で、大きな断層が生じその湧き水がとまり*1、丹那の人々の生活が大きく脅かされ、山葵のみならず田畑、酪農(冷蔵庫のない時代に湧き水で冷やすことが可能)に大きな影響がでました。丹那トンネルに大きな期待をいだいていた近隣住民も、竹槍を持ち東京の鉄道省に押しかける事態となりました。この辺は作家:吉村昭の「闇を裂く道」に詳しいのでぜひ読んでください。前置きが長くなりましたが、酪農はその後も発展し、日本の酪農発祥地は「丹那」と言う人も言うくらい発展し、今の丹那牛乳酪農王国オラッチェにつながっています。

*1:代わりに熱海地区には新たな温泉がでてその恩恵を受ける人が出ましたが、、、NHKの「ぶらた*り」でそのことしか言わなかったことはおもしろくないですね、、、ぜひ丹那盆地に来て、断層の好きなた*りさんは丹那断層を勉強し、丹那の方々の当時の苦労話をきいてもらいたいものですね。。。

この地域に計画される軽井沢巨大メガソーラー★に断固反対します!台風19号でも多くの土砂災害が発生し、近隣のメガソーラーのすぐ脇が大きく崩れ、近隣の住宅ももう少しで大きな被害を被るところでした。地球温暖化で未曾有の豪風雨、それにともなう地盤軟弱化、土砂災害は大変恐ろしいものです。緑を崩し自然の治水を崩し建設されるメガソーラーは、特にこの地域のスコリア地質では、いくら調整池が建設されても怖いのです。

本件に関してはダイヤランドのHPにも詳しく載ってますのでぜひ参照下さい。

 

投稿者: 古村たかし

1978年に三菱電機に入社後、3年目に兵庫県伊丹市の北伊丹工場から東京・本社の半導体事業本部へ転勤しMSC三菱電機セミコンダクタソウフトウェア社立ち上げを設立準備時より推進。マイコン応用技術者として11年目に米国アメリカ半導体部門MELA:Mitsubishi Electric of Americaへ出向。HDD用マイコン他の拡販に従事。その前にはワンチップマイコンのICEツールの標準化に取り組み、ROMエミュレータ方式を考案。国内米国主要ICEツールメーカーに採用されました。帰国後に台湾、韓国のパソコンメーカー関連の業務を遂行。米国フェニックスBIOSソフトを搭載したKBC:KeyBoardContorollerマイコンでは台湾PCメーカー10社以上、国内PCメーカーもほぼ全社に採用いただき、年間400万個を売上げ世界No1となりその後10年近くTOPシェアを維持しました。その後ノートPC用にスマートバッテリマイコンではSMBus規格を推進し国内(世界でも)バッテリメーカーTOP3、半導体メーカー国内国外各社、他をとりまとめ、スマートバッテリコンソシアムを立ち上げました。スマートバッテリSMBus規格の世界標準化に貢献しました。日立半導体と連携し2003年にルネサス社に転籍してからはPLC:Power Line ControllerマイコンではイスラエルのYitran社と提携し、低速PLCマイコンの立ち上げに奔走しました。ルネサスでは近距離無線Zigbee規格の推進のために同SIG:Special Interesting Groupジャパンを立ち上げました。その後、ルネサスを離れ、メガチップス社では先のPLCを使い、ホームネットワーク推進を進め、関西の大手電力会社に試作品を納めるために若手と共に分電盤等で電気工事をすすめるための電気工事士の資格も取得し、常に先頭を走り続けました。2007年にルネサスを離れ、浜松地域イノベーション推進機構では文科省推進の国際技術動向調査ユニットのCDとして光関連技術に優れる先端企業・学部のレーザー技術、センサ技術をドイツイエナ市およびベルリン市の関連部門に積極的に紹介しベルリン、ミュンヘンでの光関連展示会に浜松企業とともに参加、プレゼン実施してきました。2011年に現在の居住地、函南に住み始めたからは、地域の光回線実現の活動で、多くの地域住民の署名をあつめ、2019年3月の函南町議会で6000万円の県・町の補助金を獲得し2020年3月末までに各家・法人の直前までの光ファイバー敷設を実現します。これらの活動から、みなさまから町議会議員にも推され2019年4月に立候補し、全くのこの地域の新人でありながら739票の皆さまの支援を頂き町議会議員に当選させていただきました。